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July 4, 25

宿泊体験記 @mui たびと風のうつわ

「たび」とは、そこに集う人のこと。

「風」とは、この土地に吹く風と大地の手ざわりのこと。

 「うつわ」とは、その空間そのもの。

 

那覇空港から車を走らせること約40分。賑やかな街並みを抜けて、走るほどに少しずつ深まる緑の中へと進む道のりは、旅の期待感がじんわりと膨らむ。向かった先は沖縄県南城市。地域の人たちが何百年ものあいだ、大切に受け継いできた歴史と文化が残る百名(ひゃくな)に佇む「mui たびと風のうつわ」。

mui たびと風のうつわ、近づいていくと建物の一部が見えてきた

敷地内へ。植物のトンネルを潜り抜けて進む。

 到着して目に飛び込んできたのは、存在感のある土壁の一部と、その前でそよぐ植物のトンネル。背の高い植物が建物を守るように囲っている。外からはまだこの宿の全貌を確認できない。車を停め、荷物を手にエントランスの大きなガラス扉をゆっくりと深呼吸をして開けると、宿主である西悠太さんと美冴さんが、ここまでの旅路の疲れを癒してくれるようにあたたかい笑顔で出迎えてくれた。

muiの入り口で旅人を迎える灯

風景とともに息づく建築


土壁が醸し出す温かみと、5mもの高さを誇るガラス戸が織りなす開放的な空間。柔らかな自然光と心地よく混ざり合う風。

ここは一般的な宿やホテルという、それらに有する機能をそっくりそのまま模倣した場所ではない。訪れた人々や風景、空気感が溶け込み一つになることで機能的かつ本質的な価値を表す「うつわ」だ。このあとで「うつわ」という表現に少し踏み込んで触れることになるのだが、一歩この空間に足を踏み入れると、まるで親しい友人の家に迎えられたような安心感に満たされた。百名を優しく撫でるように抜ける風がすうっと心に吹き「よく来てくれたね」と、旅先にmuiを選んだ僕ら家族を受け入れてくれたような感覚になった。

曖昧さが生む心地よさ


muiを象徴するのは、その曖昧さ。エントランスは宿泊施設であり、カフェやギャラリーのような自由な空気を漂わせる開かれた場所。そこで交わした宿主である西夫妻やスタッフの皆さんとの会話や、大きなガラスの壁面から望むバナナの木や差し込む光が不思議なほどに心を和らげてくれる。 

mui たびと風のうつわのフロント兼カフェギャラリースペース

mui たびと風のうつわのフロント兼カフェギャラリースペース

好きな場所に運べる椅子が積まれ、焚き火で使う薪が置かれてある。夜にはこの薪を焚べた火を囲むように人が集い、好きな場所に椅子を運び、思い思いに言葉をかわすのだろうと想像する。自然と交わされる会話や笑い声が、宿全体を一つのリビングのように感じさせるのだろう。ここで優先されるのは効率や形式ではなく、偶発的な、今この瞬間に巻き起こる出来事に身を委ねる軽やかさと、そこに流れる時間そのものなんだと、エントランスホールにさらりと置かれたアイテムが過ごし方の一例をさりげなく教えてくれているようだ。 

焚き火で使用される薪

焚き火で使用される薪

自然と共存する暮らし


muiの建築は土地の風や光、音を最大限に取り入れる設計だ。窓の外に広がる景色を眺めていると、自然との心地よい距離感がそこにあるのを実感する。虫や鳥の声がどこからともなく聞こえ、都会では忘れがちな感覚が目覚めるよう。

ある種、人間としての豊かさを感じるために身を置く環境として最適なのは、利便性やテクノロジーの最前線に触れ続ける環境よりも、こういった自然の中での暮らしなのだろう。建物や家具、あるいは朝の光が作り出す影の美しさなど、どこを切り取ってもその豊かさを感じ取れる。

 

湧き上がる好奇心を追いかけて


muiの魅力は、訪れる人の好奇心を引き出してくれる点にもある。何をして、どのように過ごすかは訪れた人に委ねてくれる。家族みんなでふと窓の外の景色の先にあるものに心惹かれ、目的地も決めずに散歩に出かけた。

 

mui たびと風のうつわの目の前にある広場

mui の目の前にある広場。木陰が気持ちよさそうだ。

家族で歩いた道。偶然その先にある「カフェビーンズ」を見つけた。

「カフェビーンズ」の庭。子供達は「トトロー」と叫びながらこの庭をかけていた

広さの割に小さな耕うん機だなと思ってみていた風景。小一時間経った散歩の帰り道、やはりまだゆっくりと耕している。

 その道中で出会った風景や田を耕す人、見慣れない鳥とその鳴き声が、何気ない散策を特別なものにしてくれる。今回の旅では事前にどのように過ごすか?などの計画は特に立てていなかったので、悠太さんや美冴さんから地域のことを色々と教えてもらい、百名周辺のおすすめのお店やスポットにも、その瞬間瞬間で感じるままに足を運んだ。

また、宿の至るところにも、そんな好奇心を刺激する仕掛けがある。例えば、展示されているアート作品や朝食の器。それらは西夫妻が沖縄で出会った作家や職人とのつながりから生まれたもの。偶然の出会いと好奇心が、muiという場所をかたちづくり豊かな個性を与えている。

新原(みーばる)ビーチで遊ぶ子供達

新原(みーばる)ビーチ。すぐに靴を脱ぎ海に入る子供たち

新原ビーチ内のネパール料理店、食堂かりか

新原ビーチ内のネパール料理店、食堂かりか

「うつわ」の中で紡がれる特別な時間


muiでの滞在中、特別な夜を彩ってくれたのが、藤井啓シェフによる出張料理。アジアとイタリア料理をベースにアレンジされた創作料理は、前菜からデザートまでの9品。どれも丁寧に作られた一皿一皿が、驚きと感動をもたらしてくれる。藤井さんの料理の魅力は、その味だけにとどまらない。料理の説明や沖縄の食材にまつわる話を、心地よい距離感で伝えてくれる彼のコミュニケーションには、独特の温かさがある。そのやりとりを通じて、ただの「食事」ではなく、「体験」としての食卓が完成していくのを感じた。

muiでの夕食。ケータリングをお願いしたのは藤井啓シェフ

出張料理「ゴハンヅクリ」の藤井啓シェフ

特に心に残ったのは、先日muiでプロデュースした花ノ家族婚の結婚式で提供されたメニューの中から、2品が少しアレンジされて再現されていたこと。残念ながら、私はその結婚式当日にmuiにいることができなかったが、藤井さんがそのときのオーダーメイドの料理やコンセプトについて語りながら提供してくださったことで、写真で見ていた料理を追体験することができた。料理に込められた思いや、その瞬間を共有できたような気持ちになり、こうしてお会いする前のメニューを思案している時間にも、私たちのことを考えてくれていたのだと感じられ、そのホスピタリティーにとても感動した。

 

 夜が更け、muiの庭で焚火を囲む時間が訪れた。その灯火のもと、宿主である悠太さんとさまざまな話を交わす機会を持てたことも旅の幸運のひとつだった。muiの始まりのこと、先日一緒に作り上げた結婚式のこと。さらにはこれまでの旅での経験や教育にまつわる話まで。話題は尽きることなく、心地よいひとときを過ごした。翌日の午前中に少しだけ仕事を控えていたのだが、心地良さと溢れる悠太さんへの好奇心から、時を忘れて遅くまで話し込んだ

悠太さんの話し方は驚くほど自然体で、聞く者の心に静かに染み入る。ゆっくりとしたトーンで語られる言葉には深い洞察があり、それでいてユーモアも交じり、まるで哲学者のような魅力を感じた。焚火の柔らかな光と薪がはぜる音が、話の内容と溶け合い、言葉では表現しきれないような充実感に包まれた時間だった。

うつわ


冒頭で少し触れたmuiという場所が、「宿」でも「ホテル」でもなく、「うつわ」と名付けられたことについても触れないわけにはいかない。そこに詰まった哲学と柔らかな価値観があるのだ。この言葉が示すのは、何かが「ある」ことではなく、「ない」ことがもたらす豊かさや可能性。そしてその「ない」ことがここに訪れる旅人や季節、日々の出来事によって満たされ、また形を変えていく余白を持つ存在であることを表現している。

空間を器と見立て、どんな料理をどう盛り付けるかは、手にする人やそのときの気分、選ばれる素材によって無限に変化する。muiもまた、訪れる人々やその瞬間の出来事を素材として、自由に形を変えながら完成されていく場所。その曖昧さやデザインされた未完成さこそが、muiという「うつわ」の真髄なのだと思う。

 利便性や機能性を追求する代わりに、あえて余白や境界線の曖昧さを残すデザインは、たとえば、テレビがない客室やコンビニが少し遠いこと、陽が沈んだ後に周辺がとても暗いことなどは、パートナーとの会話や、綺麗な星空をゆっくりと眺める時間や、蛍が飛ぶ姿を目にしたり、旅人との出会いを生み出してくれる。それがあるからこそ生まれる新しい発想や行動のきっかけが、訪れる人々にとってかけがえのない体験となるスイッチとなっているのだろう。

 また、muiが大切にするのは、訪れる人々が自ら能動的に「うつわ」に何かを注ぐことであり、場所自体が変化し、かたちづくられるという考えで、その時々の季節やタイミング、偶然起こる出来事、そして旅人たちの思いが合わさり、muiは日々新たな表情を見せてくれる。その時だけの「一期一会の料理」のような場所なのだ。それは決して固定されたものではなく、柔らかく形を変えながら、ここを訪れる人々とともに再定義され続けるのだろう。

 

記憶に残る三日間


muiでの滞在は流れに身を委ねることがおすすめだ。晴れた日の夜には煌めく星の美しさに目を奪われたり。朝の光が作り出す影に見入ったり。静かな時間の中で感じる満ち足りたひとときは、目的や計画を携えてくる必要はなく、それでもただ泊まるだけでは終わらない特別な体験が待っている場所だ。もし、何も無い日を過ごしたとしても、その静かな佇まいに広がる豊かさが、きっと、日々忙しなく揺れる心をそっと整え、現代に生きる人間の心にポジティブなエネルギーをそそいでくれる貴重な時間になるだろう。

YAMADA COFFEE mui オリジナルブレンドコーヒーは格別。

チェックアウトの時間。エントランスを尋ねると隣家の猫が気持ちよさそうに眠っていた。雨が降ってい他ので、きっと雨宿りに訪れたのだろう。

チェックアウトの時間。エントランスを尋ねると隣家の猫が気持ちよさそうに眠っていた。雨が降っていたので、きっと雨宿りに訪れたのだろう。

この宿で過ごす時間は、無いことで浮かび上がる普段は見過ごすような尊いものや、自分自身のことや大切な人とのつながり。それらを改めて心で感じる貴重なひとときとなる。次の旅先として、ぜひmuiを訪れてみてほしい。おすすめの旅の方法はあえて計画を立てずに訪れてみること。そこで何が起こるかに身を委ねてみること。この場所が教えてくれる、新たな気づきと感動にきっと出会えるはず。

そう、無為自然に。

[執筆・撮影] 花ノ結婚式屋 Founder / Vision Advisor 伊藤良樹

 


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